正気の猫と私の音楽

今回は私の大事な猫の話をします。

 

私は実家で猫を飼っています。

私が11歳の時に貰ってきた猫です。

生後2週間ほどでまだ立てるようになる前にうちに来ました。

世話係に任命されたため哺乳瓶でミルクを与え排泄の世話もしていたら彼女が立てるようになると飯をくれる人認定されお腹が空くとミャーミャー鳴きながらキッチンに追い立てられるようになりました。

猫は賢いもので誰に要求すれば飯が出てくるかを学習するのですね。

 

そんなこんなで私と彼女はずっと幼少期を共にしました。

一人っ子の私にとって間違いなく彼女は妹です。

 

 

私は鍵っ子だったので小中時代は学校から帰ると親が帰ってくるまで完全に1人の自分の時間を過ごしていたのですがその全てを音楽を聞くか楽器を弾くか音楽を聞きながら勉強するかに当てていました。

 

4畳の狭い部屋で、ラジカセで音楽を流すといつも彼女はスピーカーの前に寝転んでいました。

私がアコギを弾けばいつもと違う鳴き声で「ニャア〜〜‼️」と鳴いていました

あれは彼女にとっての歌だと私は解釈しています。

 

ピアノを弾く時も同じ鳴き方をしては譜面台に居座ったりしてくれました。

 

先日帰省した際にバイオリンに触れてみたらあの時と同じ「ニャア〜〜‼️」をくれました。

 

きっと彼女の中で私が音楽に触れている時間は何か始まる、だけど安心できるものという位置付けなんだと思います。

 

 

私の音楽の最初のオーディエンスは彼女でありcat meowsの最初のメンバーは彼女です。

明確にクレジットすることはありませんが。

 

 

私にとって彼女は間違いなく本物の姉妹であり、気が狂った家族の中で唯一私を正気に戻してくれる存在です。

母のバイオリンと北欧メタル

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こんばんは。カニの裏側です。

 

先日帰省した際に押し入れに詰め込まれた古いバイオリンを発見したため持ち帰ってきました。

 

今日は曰く付きのバイオリンと私の生き方の話をします。

 

 

 

押し入れで発見したバイオリンは、母が独身時代にネパールを放浪していた時に購入したものです。正体不明の安バイオリンです。

 

少し触ってみたのですがペグが壊れていました。

4弦だけチューニングが合いません。

 

東京に戻ってきてからバイオリン専門店のリペアに持ち込みましたが修理不能と言われました。

これを弾ける状態に戻すには15万ぐらいかかるので買い直した方がいいとのことでした。

 

でも触ってみた感じ4弦以外はチューニング合うし変則チューニングにすればかろうじて音は鳴ります。

 

私はこのバイオリンで北欧のメタルバンドkorpiklaaniの曲をずっと弾いているのですが(しかも変則チューニングで)

バイオリン屋さんや母親が聞いたら卒倒するでしょう。

 

母親はきっと「そんな恥ずかしいことやめて」っていうでしょう。表情まで想像できます。

 

でも私は鳴らない楽器を本来のルールから外れた形で鳴らしてやります。

 

これはもしかしたら反抗かもしれません。

もしくは正規ルートから外れた自分の人生を肯定するための慰めかもしれません。

 

ギターを持つとどうしても作曲をする方向に思考が向かってしまうのですが、触れてこなかったバイオリンという楽器で無責任に北欧メタルのコピーをやっている時間は重圧や自分の在り方とかそういったものから逃避できています。

 

壊れたバイオリンで好き勝手に音楽を鳴らしている瞬間はとても楽しいです。

 

この時間だけはフロントマン吉田花梨でもカニの裏側でもなく1人の音楽オタクでいられるような気がしています。

義務帰省で目撃してきたもの

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こんばんは

カニの裏側です。

 

率直に言いますと私は実家との折り合いが悪く徹底的に帰省を避けていたのですが祖母がくたばりかけているため義務帰省をしてきました。

 

今回の帰省を振り返ります。

 

まず最初に目撃したのは、90歳を超えてもカツ丼を完食し毎日食べ歩いていた祖母が弱りきり、明るすぎる病室のベッドで横たわっていた姿。

かろうじて私のことは分かりましたがせん妄があるようでずっと「猫が布団に入ってきた」と言っていました。

自宅で猫と暮らしていた時の記憶が蘇ったのでしょうか?

人が老いて死に向かう時のリアルを覗き見しました。

 

次に祖母の複雑すぎる生い立ちや、親戚付き合いが希薄な理由も母から聞かされました。

やはりあの家系で私が生き延びることは不可能で、進学を口実に脱出してよかったと思いました。

 

最後に、父親の今の嫁と母の邂逅の場に居合わせてしまいました。

元嫁と娘との食事の場に嫁を連れてくる父親も理解できないしついてくる嫁も理解不能でした。

 

母は父と会う前にずっと「あいつのせいでどれだけ私が苦労したかあいつに話してやって!」と言っていましたが大人同士で未解決の問題を子供である私に押し付けるなんてド厚かましいな。と思いました。

 

母は被害者でしたがそれと私を壊した事実は分けて考えるべきだと思っています。

 

 

 

やっぱりあの家で正気なのは猫だけでした。

成績と音楽の話

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今回は私の中学時代を振り返ります。

 

中学時代の私は側から見たらたぶん優等生でした。

いつも学年で1位の成績を取り、内申点もよく

絵と書道が得意で県や市の賞を総なめにしていました。

時々自傷して血まみれで登校してくることを除けば先生たちからすれば手のかからない生徒でした。

 

でも家庭環境はすでに崩壊しており、父親は母国に家庭を作り生活費が途絶え、母親は毎日怒鳴り散らしながら仕事をしていました。

 

そんな中で私はこのクソみたいな環境とスラムみたいな団地から抜け出すには勉強をしていい大学に入ってお金が稼げる職につくしかないと考えてひたすら勉強していました。

勉強が得意だったのもありますが、逃げ出すには結婚か自立の2択だと考えており、自分は女性としての価値が薄いため勉強しかないと思い込んでいました。

 

ガリ勉の甲斐あって定期テストは基本的に常に1位でした。

それに味を占めた母親はさらに私に勉強を強いるようになりました。

調子が出なくて3位を取った回は殴られ罵倒され食事を抜かれました。

 

定期テストの順位が発表される日はいつも憂鬱でしたし動悸がしました。

順位表に記載された「1」の数字を見てやっと「あ、これでしばらくは生き延びられる」と安心していました。

 

 

音楽をやっているとリスナー数や再生数やプレイリスト追加数を確認する機会が多く、また他のバンドの数字が見える機会も多いため時々1位でいないと生存が脅かされていたあの時の気持ちを思い出してしまうことがあります。

 

でも音楽って数字だけで価値が証明されるものではないし、私がやっている音楽も派手な数字を獲得できるものではないとも思っています。

 

数字を見ると落ち込んでしまいますが

過去のトラウマに負けずに名曲を作り続けたいです。

夏の絵日記

ちょっと整理したくなったので子供の頃の思い出を書きます。

 

私の祖母の家はだいぶガチ目のゴミ屋敷です。

小学校の4年の時に祖母が倒れ、自宅介護をする必要が出てきたため家族総出で大掃除することになりました。

本来なら業者に頼むレベルのやつです。

 

5月の連休も、夏休みも、冬休みもずっと祖母の家を掃除していました。

家は酷い状況で足の踏み場もなく物が積み上げられ、ダイニングテーブルにはいつのものかわからない腐った食べ物が放置され、書類をめくればゴキブリが這い出てくるという有様でした。

 

汚さよりも、母が素敵な暮らしを夢見て揃えたおしゃれなイタリア製の家具やカーテン、こだわって選んだソファーなどが祖母のいらないもので上書きされて汚されていたのがとても苦しかったです。

母親は私にたくさんひどいことをしましたが家具たちを見た瞬間にこの人も被害者なのだ。と悟ってしまいました。

夏休みが明けると必ず夏の思い出日記や絵を提出させられます。

私はゴミ屋敷をひたすら掃除していただけなのでかけるものもなかったので思い出を捏造しました。

作文は適当に旅行に行ったことにして、絵は確か一軒家の庭に両親と私と犬がいるみたいなのを描いた気がします。

今思い返せば子供がこんな思いするべきではなかったと思います。

 

あれから10年以上経ちました。

あれだけ大がかりな掃除をしましたが祖母の家は変わらずゴミ屋敷です。

 

来週の帰省が楽しみです。

女子力あげて婚活しなさい

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「女子力あげて婚活しなさい。」

これは母さんの名言です。

 

詳細は書きませんが人生のデカい転換点となる出来事があったことを伝えたら電話越しに言われました。

 

実際のところ私は世間の理想とする女性像とはかけ離れています。

フェミニンな服を着ないし、ヒールは履かないし

髪も真っ黒だし、化粧が濃いです。

いわゆる"一般的に男性が好む女性像"とはかけ離れたところにいます。

 

でも自分のことを恥ずかしいと思っていないし

バンド活動に全力を注いでいる今がとても幸せだと感じています。

 

だから「女子力を上げて」手に入る幸せには興味がありません。

 

もし仮に女子力を上げて婚活して結婚したとしたら、経済的な安定を得る代わりに女としての役割を期待されて生きる未来が確定して、私の心は死んでしまうでしょう。

そんなことになるぐらいなら一生孤独で音楽を作り続けていた方がはるかに幸せです。

 

帰省シーズンになると母の数々の名言を思い出して若干憂鬱になりますが、気合い入れて現実やりながら音楽を楽しみたいです。

 

最後にお母さんの名言ランキングを書いておきます。

 

お母さん名言ランキング

1位👑
「女子力あげて婚活しなさい」

2位🥈
「ちま(実家の猫)もやっぱり畜生だわ。」

3位🥉
「お前は悪魔の子」

 

 

帰省したらメンタル終わった

お盆だし、親孝行でもするかと思って帰省してみたらメンタル終わった。

 

元気な顔を見せるのが親孝行だと思って帰ってみたけど母親にとってはそうじゃなかったみたい

母親の思う通りにエリート街道を突っ走ってゴリゴリ稼いで親にお金や物を送るのが母親にとっての親孝行らしい

母親によって精神を壊されなかったら私もそうなっていたかもしれないのにね

どうも母親は自分が虐待をして娘の精神を壊したこと、一切自覚がないらしく、むしろわがままで言うこと聞かないクズの娘によって病気にされたと思い込んでいるみたい

認知のゆがみもいいところですね…

 

精神病を患った高校時代から不眠が酷く、昨夜も寝る前に睡眠薬を飲んでいたが、母親に見つかり

「いつまでそんなモノ飲んでいるつもり? そんなモノ飲んでるから病気なんだわ」「不眠なんてただの甘え いつまでそうやって甘えてるつもりなの? 働いて疲れていればすぐ眠れるわ」などいつもの根性論をかまされ、私も酔っていたこともあり、いつもなら聞き流すところを「本当に病気だから別に労わらなくても優しくしなくてもいいからただ放っておいてほしい、何も言わないで」と反論したところ「お前はいつもそうやって親に歯向かいやがって‼️」と発狂された

 

歯向かっているんじゃなくてただ自分の気持ちを述べただけなのにそれも許されないんだ…と悲しくなった

 

思い返してみれば子供の頃から自分の意見や気持ちを口に出せばすぐにわがまま、歯向かうな いうことを聞け と平手打ちが飛んできていたなあと懐かしくなった

しばらく帰っていなかったから忘れていたけど母親はこういう人だったな

 

母親のおかげで精神を患ったのに、病気でいることすら許されないみたい 実家を出なかったら私は今頃どうなっていたんだろう?

 

機能不全家庭育ちあるあるだと思うけど、子供らしく振る舞う権利を剥奪されてもらうべき愛情をもらえずに大人になってしまったのに、社会はそんなことなかったかのように振る舞うことを要求してくるからすごく苦しいよね

 

 

はやく助かりたい